3回目の月命日
2021年12月20日 (月) | 編集 |
前回の記事に暖かいコメントをありがとうございました

何度もコメントのお返事をしようとしたんですが、
そのたびにオイオイ泣いてしまい、辛くなってパソコン閉じてました

ごめんなさい

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早いもので、ハヤがお空に旅立ってから、3回目の月命日です

私はというと、
ハヤと2人だけで過ごした部屋から
9ニャン達が生活している自分の部屋に戻りました

慢性腎不全と診断され、
一緒にいられる時間がもう少ないと思ってはじめた、ハヤとの母屋生活。
気がつくと5年もたっていました


ハヤと過ごした部屋は、少し片付けはしたものの、
いつでもハヤが帰ってきてもいいようにと
大好きだったオコタはそのままにしてあります
オコタの上に置いたベッドも。

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ハヤが自宅でインスリン治療を始めて、うまく血糖値をコントロールできなくてどんどん痩せていき、

あぁ、もう、ダメなんや…
ハヤとの時間は終わるんや…

と、思い始めたころから
ハヤ自身にも今までにない行動が見られました

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すれ違うだけで、ウーウー唸ってたのに、9ニャン達がいる家の方に行きたがり
9ニャンもいつもならハヤが来ると、珍しい子を見るかのようにお尻の匂いを嗅ぎ回って追いかけて、それにハヤがまたウーウー怒ってすぐに自分の部屋に帰りたがってたのが、
9ニャン達は何かを感じてたのか、ハヤのことをそっと見守ってくれて、
ハヤもまた唸らず、ずっと過ごしてきたお家を懐かしむように、過ごしてくれました

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実際、ハヤがどう思ってたのかわからないけど
いつかハヤに聞いてみたいです

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もうすぐ、ハヤのいない新しい年がやってきます

毎年部屋の窓を開けて見た初日の出を
もう一緒に見ることはできないけど
ハヤもどこかで見てくれてたらいいな


今年はお友達の大切な子たち、そしてハヤとのお別れ

とてもしんどくて辛い1年になりました

来年はただただ穏やかに過ごせるように

みなさんにとっても素敵な一年であるように願ってます

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ハヤ、空へ
2021年09月25日 (土) | 編集 |
久しぶりの更新が、悲しいご報告になってしまいごめんなさい

インスタではお知らせしましたが

2021年9月20日 16時45分

ハヤ、永眠しました

20歳3ヶ月

たくさんの病気を背負いながら

最期の最期まで立派に生き抜いてくれました



息を引き取るちょうど1ヶ月前に、糖尿病の悪化でケトアシドーシスになりかけて、
この年齢でと迷いましたが、回復を信じ、入院治療を選びました

毎日お見舞いに行き、ご飯をあげ、それでも食べなくて、
3日目のお見舞いでは面会室に連れて来られてもほとんど立ち上がることができませんでした

入院によるストレスや動かないことで体力がかなり落ちているからだ、
退院してお家に帰ればまた元に戻ると、その時はまだそう思ってました
そして入院させたことを少し後悔していました


入院4日目の朝、ケトン体はなくなり、静脈から入れていたインスリンを皮下の注射に切り替えての治療に移り、
その日の夕方にお見舞いに行った時に、本来ならまだ退院は勧められない状態だけど、年齢やストレスを考えて
退院して自宅での治療に切り替えるか、もうしばらく入院させるかどうされますか?と聞かれ、
連れて帰ることを選びました

その後自宅でインスリン治療が始まりました


何度も何度も一緒に困難を乗り越えてきたから
今度も絶対大丈夫

そんな気持ちで、ハヤと向き合いました



私の期待とは裏腹に

お家に帰ってきてからも食欲は戻らず

それでも朝晩2回のインスリンを打つ前にご飯を食べないといけないから
絶対しないと決めていた強制給餌をはじめました

その時もまだ私は入院してたから体力が落ちてるだけだと
そう思ってました

血糖値が安定すれば前の生活に戻れると。

今思えば、そう思いたい気持ちでいっぱいで、必死にそう思い込もうとしてたのかも知れません

食べさせているのにハヤの体は日に日に痩せていきました


インスリンを打っても12時間後には血糖値が測定器で測れないくらい上昇

チッコの回数は一日に10回以上
飲んでも飲んでもそれ以上に出てしまい
輸液をしても追いつきませんでした

でもインスリンが効いてる時間帯は体を起こし、たまに足がフラつく程度で
部屋をうろうろする事ができていました

インスリンさえ打てば…

そんな気持ちで、強制給餌を続けながらも
だんだんと飲み込みづらくなっていってると感じていました

何のために続けとるの?

その答えが、自分のためだけだということにもうその頃は気づいていたけど
必死に蓋をしていました

治療をしなければこの子の命は数日
そう言った先生の言葉が頭から離れなくて
こわくて

失うのがこわくて



9月18日(土) 夜
量的にもしっかりと食べさせて、いつもより少しだけ多めにインスリンを打ちました

インスリンさえ効けばまた…

そう祈る気持ちと
覚悟を決めるために


9月19日(日) 朝
朝起きて、ハヤはほとんど歩けなくなっていました



もう充分や
もう充分頑張ってくれた
もう充分…
…もう充分…


全ての治療をやめました


もう食べなくていいよ
背中チックンも
お耳チックンも
もうしなくていいよ
ごめんなぁ
痛かったよなぁ
いっぱい頑張ってくれたもんな
だからもう頑張らんでいいよ


19日(日) 夜
もう動けなかったけど、頭を起こし目で私を追っていました
体を支えてあげると自力でお水を飲んでくれました
ハヤの手を握り、何度もありがとうと伝えました



9月20日(月) 朝
もう何も見てない目をしていました
黒目が左右に揺れていました
見えないからか触るだけで体が跳ねるくらいの過敏反応があり
なでる前に声をかけました
耳はちゃんと聞こえているようでした


かーさん、ここおるで
大丈夫やからな
そばにおるからな

何度も何度もそう伝えました


13時過ぎ
口呼吸になりました
涎がではじめました
その涎に血が混ざってました
嘔吐が2回ほどありました


15時過ぎ
口呼吸がひどくなってきました
口から舌が出ていました
何度か嘔吐があり、痙攣が起きはじめました


16時に私たちの両親が村の用事で外出をして

私はその間に亡くなってしまうかもと思っていました

痙攣が起きる間隔が短くなっていき

顎がカクカクとなり、両足をピンと伸ばしのけぞって

それを何度か繰り返して、それでもまた必死に呼吸をしてくれました


もう頑張らんでいいんやで
もう十分頑張ってくれたやん
もう頑張らんでいい

オイオイ泣きながら
何度もそう伝えました

両親が用事を済ませて帰ってきたのが16時40分ごろ

先に部屋に着替えに行こうとする母親を呼び止め

ハヤのそばに来るように伝えました

ハヤー、じぃじとばぁばも帰ってきたで。

両親も一緒にハヤに声をかけたと同時に

痙攣が起きて

何度か吐く仕草をして、大きく体をのけぞらせたあと、
もう、ハヤが息を吸うことはありませんでした

心臓はまだわずかに動いていて

その胸の動きもゆっくりと止まっていきました


9月20日 16時45分
ハヤとの時間は終わりました



何となくハヤは私と2人の時か、もしくは私が仕事に行っている間に一人で旅立つんじゃないかと思ってました

でもハヤは家族みんなが揃って、家族みんなに見守られながらの旅立ちを選んでくれた

最後の最後まで、優しい子でした



ハヤは腎不全末期による尿毒症ではなく
重度の糖尿病よるケトアシドーシスが死因だと思います
私が血糖値のコントロールがうまくできていればと後悔は残っていますが
病院でいくらインスリンの量を決めたとしても
注射の針を刺す角度や深さによってその時々で効きが違ってくると書いておられる方がいました
輸液をするとインスリンの効果が薄まってしまうので輸液をする場合は刺す場所にも注意が必要でした

インスリン剤があってないのかな・・・
とインスタのDMでアドバイスしてくださった方がいたのですが
そのころにはもうハヤを病院に連れていける状態になく
全く素人の私が自宅で上手くコントロールしていくには全然時間が足りませんでした


今はまだハヤを失ったことが辛くて
ハヤの姿を探してしまう毎日ですが
ハヤと過ごした20年間は私の誇りです
その誇りを胸に
9ニャンのお世話を精いっぱいしていきたいと思います



今まで応援してくださってありがとうございました


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ちまき








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テーマ:猫のいる生活
ジャンル:ペット